ある時殿様が絵描きに林檎の絵を所望しました。しかし頼んだ絵は待っても待ってもなかなかできあがりません。しびれを切らした殿様は、家来に絵描きを連れてくるよう命令しました。わしの命を聞かんとはけしからん、首をはねてしまえと言ったのです。連れて来られた絵描きは、最後の願いに墨と筆と絹の布を乞いました。そして、その道具を使いものの2分で見事な林檎の絵を描き上げたのです。素晴らしい絵でした。しかし殿様の怒りは収まりません。たった2分で描けるものをなぜ何年も待たせたのじゃ。絵描きは答えました。「上様、私はこの数年、2分で完璧な絵を描けるよう訓練しておったのでございます。」なにげない一筆のラインはいきあたりばったりの偶然から生まれるものではありません。
 ヘルマン・ツァップは動乱の時代にドイツのニュルンベルグに生まれました。10代でカリグラフィに興味をもつと独学で学び、戦後はしばらくカリグラファとして教鞭をとっていました。その後、書体デザイナーとしてキャリアを積んだツァップは、ローマン体の金属活字、写真活字、DTP向けのデジタルフォントなど、様々な印刷技術に対応した書体をデザインしてきました。しかし、もともとはカリグラファである彼にとって、活字ではなく手書き文字の美しさを生かすフォントのデザインは長年の夢だったのです。
 ツァッフィーノは、ツァップが80歳になっと時に発表されました。デザインのベースはかつて戦争中にツァップが書いていた沢山のカリグラフィです。ツァップが夢見たことがついに実現したのです。それまでのデジタル書体は、元となる鋳造活字の構造により文字の形が一定の枠の中に制約されていました。それを、膨大なカリグラフィのデータを取り込みデザインすることによって、コンピュータ上で使うことができる筆記書体として実現したのです。試作は、6種類の文字をプログラムが自動的にランダムに選択して組むので同じ文字が連続して現れることが無く、手書きの様に見えるという構想で進められました。構成は4種類のアルファベットと様々な装飾文字、絵記号からなり、小文字「d」だけでも9つもの形があるなど、合字や文字キャラクターのバリエーションが非常に豊富なものとなっています。文字のエレガントなラインは、手の動きに添ってペン先から自然に生まれてくるもののようです。ベースとなったカリグラフィの流れるような美しさと奔放さを保ちながらスピード感ある現代の文字として通用するものとなっています。
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